大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(あ)353号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件控訴を棄却する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

検察官の上告趣意第二、一について

一被告人に対する本件公訴事実は、昭和五一年八月二八日施行の鳥取県東伯郡赤碕町長選挙に立候補して当選した森進の選挙運動に従事し、かつ、同選挙の選挙人であつた被告人が、同年二月下旬ころ、森進の長男である森潔から進のための選挙運動を依頼され、その報酬として供与されるものであることの情を知りながら、現金三万円の供与を受けたことなどを内容とする、いわゆる受供与、受饗応などの四個の公職選挙法違反の事実である。

第一審裁判所は、ほぼ右公訴事実に副う事実を認定して、被告人に罰金一二万円の有罪判決を言い渡した。これに対し、被告人が控訴を申し立てたところ、原審裁判所は、本件の捜査にあたつた八橋警察署が、供与・饗応の実行行為者との共謀により被告人と対向的な共犯関係に立つ疑いの強い森進を、なんら合理的な理由がないのに捜査上不当に有利に取り扱つており、被告人に対する警察の捜査は、進に対するそれと比較して不当に不利益なものであつたから憲法一四条に違反するとし、このような差別的捜査に基づいて対向的共犯の一方のみが起訴され他方が刑事訴追を免れている場合には、被告人に対する公訴提起を含む検察段階の措置に不当な差別や裁量権の逸脱がなくても、右公訴提起は憲法三一条に違反するから、刑訴法三三八条四号を準用ないし類推適用すべきであるとして、第一審判決を破棄したうえ、公訴棄却の判決をした。所論は原判決の右のような見解は、憲法一四条の解釈適用を誤つたものである、というのである。

二原判決の認定したところによると、前記赤碕町長選挙の約一月後に、被告人の自首に基づいて本件の捜査を開始した八橋警察署は、捜査の結果、被告人を含む受供与・受饗応者七名及び供与・饗応の実行行為者三名を八橋区検察庁検察官に送致して略式命令の請求を受けるに至らしめたが、供与・饗応の実行行為者らと共謀関係に立つ疑いの強い森進については、捜査を手控えて罪証隠滅を可能ならしめたうえ、事件を検察官に送致せず、結局、町長という社会的身分の高い同人を被告人より有利に取り扱う意図のもとに、偏頗な捜査を行つたというのである。しかしながら、原判決も、同警察署が、被告人自身について、その思想、信条、社会的身分又は門地などを理由に、一般の場合に比べ捜査上不当に不利益な取扱いをしたとか、刑訴法に違反する捜査をしたなどとは認定しておらず、記録上も右のような違法・不当な捜査がなされたとの疑いはこれをさしはさむべき余地がない。このように、被告人自身に対する警察の捜査が刑訴法にのつとり適正に行われており、被告人が、その思想、信条、社会的身分又は門地などを理由に、一般の場合に比べ捜査上不当に不利益に取り扱われたものでないときは、かりに、原判決の認定するように、当該被疑事実につき被告人と対向的な共犯関係に立つ疑いのある者の一部が、警察段階の捜査において不当に有利な取扱いを受け、事実上刑事訴追を免れるという事実があつたとしても(もつとも、本件において、八橋警察署が、原判決認定のように、森進を不当に有利に取り扱う意図のもとに偏頗な捜査をしたとまで断定できるかどうかについては、証拠上疑問なしとしない。)、そのために、被告人自身に対する捜査手続が憲法一四条に違反することになるものでないことは、当裁判所の判例(昭和二三年年(れ)第四三五号同一〇月六日大法廷判決・刑集二巻一一号一二七五頁、昭和二三年(れ)第七〇号同年五月二六日大法廷判決・刑集二巻五号五一七頁、昭和二六年(あ)第三一〇〇号同三三月五日大法廷判決・刑集一二巻三号三八四頁、昭和二六年(れ)第五四四号同年九月一四日第二小法廷判決・刑集五巻一〇号一九三三頁、昭和二九年(あ)第一三三九号同三〇年五月一〇日第三小法廷判決。刑集九巻六号一〇〇六頁、昭和三一年(あ)第二七五三号同三三年一〇月二四日第二小法廷判決・刑集一二巻一四号三三八五頁)の趣旨に徴して明らかである。なお、原判決によると、本件公訴提起を含む検察段階の措置には、被告人に対する不当な差別や裁量権の逸脱等がなかつたというのであるから、これと対向的な共犯関係に立つ疑いのある者の一部が、警察段階の捜査において前記のような不当に有利な取扱いを受けたことがあつたとしても、被告人に対する公訴提起の効力が否定されるべきいわれはない(最高裁昭和五二年(あ)第一三五三号同五五年一二月一七日第一小法廷決定、同昭和四一年(あ)第四九一号同年七月二一日第一小法廷判決・刑集二〇巻六号六九六頁参照)。

三そうすると、これと異なり、被告人に対する警察の捜査が憲法一四条に違反するものであつたとし、これを前提として被告人に対する公訴提起の効力を否定した原判決は、憲法一四条の解釈適用を誤つたものというべく、論旨は理由がある。

よつて、検察官の上告趣意中のその余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四〇五条一号、四一〇条一項本文により原判決を破棄し、なお、第一審判決は、以上の当裁判所の判断とその結論において一致しこれを維持すべきものであつて、被告人の控訴は理由がないこととなるから、同法四一三条但書、三九六条によりこれを棄却し、同法一八一条一項本文により原審における訴訟費用は被告人にこれを負担させることとし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(木下忠良 栗本一夫 鹽野宜慶 宮﨑梧一)

検察官の上告趣意

第一 〈省略〉

第二 上告理由

原判決には、以下に述べるとおりの憲法一四条及び三一条の各解釈適用の誤りがあり、かつ、最高裁判所及び高等裁判所の判例と相反する判断をしているうえ、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反するので、原判決は破棄を免れない。

一 憲法違反

1 原判決には憲法一四条の解釈・適用の誤りがある

(一) 原判決は、本件選挙違反事件についての警察の捜査は憲法一四条に違反する差別捜査であり、その捜査に基づく本件公訴提起は憲法三一条に違反して無効であるという。原判決が差別捜査であると認定する理由は、前記第一・二・2において詳述されているとおりであるが、これを要するに、警察は、被告人に対する捜査は厳格に行いながら、社会的身分の高い町長である進については、同人が右の選挙違反事件において供与者又は饗応者と共謀関係にあつたとの嫌疑が極めて強いのに、捜査上適切な措置をとらず、かえつて、捜査の途中で進及びその家族らによつて証拠隠滅工作が行われていたのに、それを知りながらなすがままにまかせ、かつ、関係者の取調べにおいても必要な追求をしないなどして、進を合理的理由もないのに、その社会的身分により、被告人よりもことさら有利に取扱う意図の下に偏頗な捜査を行い、その結果被告人を進よりも不利益に差別したというのである。

しかしながら、警察の本件捜査が差別捜査であるとする原判決の認定は承服し難い。この点については、前に詳論したとおりであるが、これを要するに、本件は、一時進派の選挙運動をした後、同人の対立候補の選挙運動員に転じた被告人の自首によつて捜査の端緒が得られたという特異な事案であり、警察としてもそれだけにことさら慎重な捜査をせざるを得なかつたこと、右の自首後警察は早期に必要な捜査を次々に実施したものの、関係者の取調べの結果、進の嫌疑は強まるどころか、第一、第三、第四の各事実については、進がそれらの犯行に関与した嫌疑はなくなり、第二の事実についても各関係者の供述が今一つ明瞭でないか変遷があるなど、直ちに進の関与を認定し得る状況にはなかつたうえ、事件の最主要人物とみられる潔が捜査の途中で精神状態に異常を来たして相当長期間取調を中断せざるを得なくなつたことなどの諸事情にかんがみると、原判決がいうように進の「嫌疑が極めて強い」とはいえないし、また、警察が、「社会的身分の高い」進をことさらに有利に取扱う意図のもとに偏頗な捜査を行つたとは到底いい得ないところであり、結局、原判決の指摘するような差別捜査が行われたと認めうる証拠はない。

してみると、原判決につき差別捜査のあつたことを前提にして憲法一四条違反があるとしたのは、その前提事実を誤認し、ひいては憲法一四条の解釈適用を誤つたものといわざるを得ない。

(二) 仮に原判決が認定するように、警察が本件捜査において進をことさら有利に取扱う意図のもとに原判決認定のような捜査をしたとしても、そのことにより、本件被告人に対する捜査手続ないし公訴の提起が憲法一四条に違反するものではない

憲法一四条は、国家機関が、法令により、またはその執行に当たつて、合理的な理由に基づかない差別を行い、その結果、本来同等に扱われるべき者の一部について、これを特別に有利もしくは不利な取扱いをなすことを禁じた規定である。すなわち、同条は差別的取扱いそれ自体を禁じたものではなく、合理的な理由に基づかない差別がなされ、その結果、特定の者が特別に有利若しくは不利な取扱いを受けることとなることを禁じたものである(最大判昭和二五年一〇月一一日刑集四巻一〇号三七頁参照)。

ところで、本来当然に処罰に値する犯罪行為を行つた者が、当該犯罪行為の故に捜査の対象とされ、その結果訴追を受けることにより、他者との比較において差別され、刑事事件の被告人とされるという不利な取扱いを受けたとしても、そのことは何ら憲法一四条に違反するものではないことは多言を要しないところである。その者が、捜査、訴追の対象とされることについて合理的な理由があり、かつ、その者は、本来受けるべき被訴追者の立場に置かれたに過ぎず、特別に不利に扱われたわけでもないからである。

この理は、捜査、訴追された者と比較されるべき他者が、同一犯罪の共犯や対向犯であつても同一であり、また比較されるべき他者の罪責が、捜査、訴追の対象とされた者の罪責よりも重大であるとしても、訴追された者の罪責がなおそれ自体として捜査、訴追、処罰の対象となるべきものである限りは、同様である。更に、捜査機関において、ある特定の犯罪の捜査に当たり、その加功者の一部の者について、同人が高い社会的身分を有することを理由として不十分な捜査しか行わず、他の者について十分な捜査を行い、後者がその結果訴追されるに至つたとしても、その犯罪がそれ自体捜査、訴追、処罰の対象となるべきものである以上、後者についての捜査、訴追手続が憲法一四条に違反するものとなるとはいえない。この場合、同等に扱われるべき者が、同等に扱われなかつたとの差別があり、しかも、その差別は合理的な理由に基づかないものではあるが、このような不合理な差別の結果訴追されたとしても、その者について特別に不利益な取り扱いがなされたとはいえない。けだし、その者は本来訴追さるべくして訴追されたに過ぎないからである。

これを本件についてみると、原判決は、被告人に対する捜査手続が適正に行われたことを認めたうえ、被告人の「刑責は決して軽いものではなく」、「進に対する捜査が適正に行われたとしても、被告人が起訴されることを免れなかつたことは明らかである」として、被告人が本来訴追さるべくして訴追されたのであり、しかも、進に対する捜査いかんを問わず、被告人が訴追されてしかるべきであることを認めているのであるから、被告人に対する捜査手続については何ら憲法一四条違反の問題が生ずる余地は存しない。それにもかかわらず、「被告人が他の者より不利益に差別された場合と、本件のように被告人よりも他の者が利益に扱われた場合とでは、被告人が差別された点において選ぶところがなく、右両場合とも差別されたこと自体をもつて被告人が不利益を蒙つたものと言わなければならない」、「被告人自身が罪を犯した者であるということも、差別が問題になつている本件では必ずしも重要でないと言うべきである」と論断して、被告人に対する捜査が憲法一四条に違反するとしたのである。このような原判決の立論が、憲法一四条の解釈を誤つたものであることは、前述したところから明らかである。

以上のとおりであるから、仮りに原判決のいうように、本件捜査において、進についてことさらに有利な取扱いがなされたとしても、それは進に対する捜査につき問題があり得るというだけのことであつて、被告人に対する捜査について憲法一四条違反の問題が生ずる余地はないのに、原判決がこれを混同し、被告人に対する捜査が憲法一四条に違反すると速断した点において、その解釈を誤り、本来同条を適用すべき場合でないのにこれを適用したものであることは明白であるといわなければならない。

2 原判決には憲法三一条の解釈・適用の誤りがある。

原判決は、被告人に対する本件公訴が、憲法一四条違反の警察捜査に基づいて提起されたと断じたうえ、「憲法一四条違反の差別捜査に基づいて差別された一方だけに対して公訴提起した場合にも同法三一条の適正手続条項に違反する」こととなるとして、本件公訴提起の効力は否定されるという。

このように、原判決は、警察の捜査が憲法一四条に違反しているとすることを前提にして同法三一条違反をいうものであるところ、これまで述べてきたとおり、警察の被告人に対する捜査及び訴追にはなんら憲法一四条に違反するものはないのであるから、その前提を欠くことになる。してみると、本件公訴提起を憲法三一条違反であるとする原判決の立論は、全くその根拠を欠くというよりほかない。

そればかりでなく、そもそも憲法三一条は、自らに対する捜査訴追が憲法を含む法律の手続に違背したときに適用されるべき条項であつて、他人についての捜査手続の非違は同条の関知するところではない。したがつて、被告人に対する捜査及び公訴提起が適正に行われている本件においては、仮に原判決のいうように進に対する捜査に不当があつたとしても、被告人に対する公訴が憲法三一条に違反することはあり得ない。

かようにして、もともと憲法三一条に違反するものではない本件公訴を同条に違反する違法なものであるとした原判決は、憲法三一条の解釈適用を誤っていることが明らかである。〈以下、省略〉

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